丸柚餅子を製造販売する株式会社柚餅子総本家中浦屋は明治43年に創業しました。創業当時から屋号は柚餅子総本家中浦屋としていて、古い資料としては戦時中の写真に本店の看板が写っています。そこに柚餅子総本家中浦屋と記されています。
古くから丸柚餅子を和菓子として販売し、昭和40年代に生産量を大幅に伸ばしました。高度経済成長、バブル経済、ふるさと一品運動、ふるさと小包、物産展、能登半島ブームなどなどの潮流を背景に多くの方々に愛用いただくことになりました。また、輪島塗との関係もこの時代により深いものとなりましたが、別のパートで投稿いたします。
平成に入り丸柚餅子の製造量は安定から下降に向かいました。デフレ経済が始まり、中間層と言われる方々が減少し、マイナス成長を背景に、和菓子としては高級品であり嗜好品としての丸柚餅子は生活者にとって縁遠いものとなりました。また、旅行のスタイルもお土産の需要も変化して、観光スタイルも大きく変わりました。
このような社会環境の変化に順応するため、和菓子としては高価な丸柚餅子を酒類のアテや料理をグレードアップする素材として提案することを始めました。和菓子という概念からお酒や料理と合わせることは控えてきましたが、じつは、地元輪島ではお正月の雑煮に入れたり、お祝い事でお酒のつまみにしたり、古くからハレの素材として使われていたのです。
このように、丸柚餅子は和菓子の枠を超えた日本の伝統的食品として、様々な用途を提案させていただいています。